羽風
























翼の無い僕を、もう誰も鳥とは呼ばない。
























放課後の屋上。誰も居ない空。
見上げれば、白い水蒸気の塊が、光と熱を放つ太陽を、飲み込んだり、吐き出したり。
コンクリートは見事に熱を吸い込んで、じわり、と寝転ぶ背中に熱さが沁みる。
雨が降ったら、涼しくなるかもしれないが、降ったら降ったで飛びづらい。
だけど太陽の熱は、僕の翼を燃やしてしまった。
もう、空は飛べない。


頭上から重く鈍い金属の唸り声が聞こえる。
僕を探しているのなら、此処に来るのは1人しかいない。
「千鳥」
「・・なぁに?鶫」
「帰らないのか?」


帰れないのさ。足で歩くのはとても難儀だからね。
翼が無い僕はもう、この場所、この空間から動けない。
足の無い人間と同じことさ。


「なぁ、千鳥。いつになったら此処を動くんだ?いつになったら俺と一緒に帰るんだ?」
ありがとう、君は今全ての疑問を僕にぶつけてくれた。
から、と言って僕が此処から動けるようになるわけではない。
「いつだろうね・・僕にもわからない」


だって、燃えてしまったんだ。
そぎ落とされたなら、また生えてくるかもしれない。
切り刻まれたなら、毛並みは悪いけど生えてくる。
けれど、燃えてしまったんだ。
まるでイカロス。蝋で作った翼では太陽に近付きすぎると融けてしまうから。


「千鳥。お前はそうやっていつも逃げる」
「逃げる?何から?」
「どうして何も知らないフリをする?何も知らなければ言い訳になるからか?」
「心外だなー・・まさか鶫にそこまで言われるなんて。・・そうだよ、僕は『何も知らない』」


現実なんて知らないほうが良いんだ。虚偽だけでも僕は生きていける。
だって現実や真実なんかよりもよっぽど暖かいんだ。
優しく僕を包んでくれる。優しくて、つい甘えてしまうけれど。
そっと心を委ねれば、広く心地よい空間を作り僕をすっぽり埋めてしまう。
そのまま、ずっと、眠り続ける。
誰も起こしはしない。刺激から守ってくれる。
現実は酷く辛く痛く心を抉っていくから。
それなら、虚偽の方がよっぽど愛しい。ずっと、抱きしめていたい。


「どうして・・現実を受け止めない?お前はそんなに弱いのか?」
弱いからに決まっている。
だから翼で心を守ったんだ。虚偽だけでは守りきれない部分を。
けれど翼が燃えてしまったから、虚偽は全てを包めなくなった。今もそっと殻を破く。


「・・鶫には、立派な羽があるじゃないか。それで、どこへでも行けば良い」
「千鳥!お前は・・」
「僕に構う必要性は何処にもないよ?」
そうだ、鶫には立派な、綺麗な黒翼があるじゃないか。
僕のよりも大きく、勇ましい翼が。
守るだけではなく攻撃もするけれど、それは自分以外のものも守り。
だからまた、僕は僕を守ってしまう。
その温い空気に心地よさを求めてしまうんだ。
「俺は、お前を置いていこうとは思わない・・でも、今日は帰る」
「・・サヨナラ。気をつけてね」
「あぁ・・・」


ねぇ、この別れが最後だと分かっていたら腕を引っ張ってでも此処から連れ出した?
どちらでも構わないけど。心はずっと此処に置いておくから。
きっと、翼を失くした僕は新しい翼を貰わなければならないんだ。
現実も虚偽も何もいらない。
虚偽の安らぎも良かったけれど、案外現実の冷たさも気に入ってたのかもしれない。
今度は太陽に近付き過ぎないから。
かと言って地上すれすれを飛んだりなどはしないから。
雲を突き抜ける高さで飛ぶから。
今度もまた白い翼が欲しいな。出来ればだけど。
そうしたら、雲の中でも気付かれないだろう?
























今この羽を広げることが出来たら。
























僕を鳥に戻してください。



















material:(c)evergreen













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