音という物質的なものにせずとも、








私の思いがあなたに届けば良いのに。




















死命




















雨、の中。
何日此処に居るのだろう。
決して体は濡れはしないけれど、心はずっと濡れたままだった。




私は、殺された。私自身に。
生きる意味も感じられず死の恐怖と戦いながらそっと、血管を一本切ってみた。
案外息絶えるのに時間がかかってしまった事だけ覚えている。
痛みに耐え、苦しんだ感覚が頭から離れないから。




確か、家の中で私の命は途絶えた筈なのに。
気付いたら此処に居た。なんとない歩道橋の上。
忙しなく歩く人の波に飲まれようと、3日目から止まない雨に濡れようと。
全ての物質は私の中をすり抜けていった。
それはまるで映画のフィルムの様に。
確かに触れているはずなのに私の上を通り抜けてゆく。




誰にも気付いて貰えぬ寂しさと、物悲しさが私を包む。
それは雨から私を防いでくれて。心は濡れ水を帯びているのに。








どうして、私は此処に居るのか。









「あんた人間?」
不意に響いた言葉に驚く。
けれど、私に話しかけているわけではない、そう思い込む。
私の姿は世には物質的に描かれるわけが無いのだ。空気のように在るけれど、見えない。
「聞こえないの?あんた、人間?」
なのにそれはもう一度私の鼓膜を擽る。甘美なる言葉。
反応してしまえば堕ちてしまう。




言葉でずっと言い聞かせてきた。
『私は死んでいる』。
それでも否定してきた。心が、叫ぶから。
まだ死にたくない、自分で死んだくせに後悔している。
「あんた、人間?」
この声に振り向いてしまえば私は全てを認めなければならない。








「私は、死んでいる。」








「やっぱり人間なんだ。」
横には薄手のパーカーのフードを被りフェンスにもたれる男が居た。
顔は、雨のせいで視界が霞み余計に見えない。
「もう、人間じゃない。カタチとして私は此処に無いでしょう?」
「無いけど、死んでようが死んでまいが人間は人間じゃん。」
「それなら。人間じゃない、って否定された方がよっぽど楽だわ。」




死んでしまったから、人間ではありません。
けれど、姿は人間のまま。だから生きてると錯覚してしまうのだろうか。
それなら何とも分からないものに変わってしまえれば、此処に固定される事も無かったろうに。
「ゆーれい、ってヤツ?なんで死んだの?」
男はこちらに向き直る。直視した顔はそこら辺にいる生意気そうな餓鬼と大して変わらない。
問いかけも、少し子供じみた言い方だった。
「死んだのなんかどうでも良いでしょう。それより、私に話しかけたら変に見られると思うけど?」
どうでも良い、そう言ったけど実際私自身記憶に無いのだ。
なんで死んだか、って思い出そうとするほど頭の靄が濃くなっていく。




「変に見られるのは構わないんだけど、死ぬのってどんな気持ちかなぁ、って。」
「・・どんな、気持ち?」
「そ、どんな気持ちで死んだの?」
『どんな』。考えもしなかった。
ただ毎日自分がどうして此処に居るかを問いかけどうすれば此処から動けるかを考えた。
生きてた頃の記憶はだんだんと壊れていった。
土壁をポロポロ剥がしてくように私の記憶も少しずつ崩れ落ちていった。
それを雨が流して、救いあげれないまま太陽が蒸発させる。
私は、どんな気持ちで死んだのだろうか。




「わからない・・あまり覚えてないの。ねぇ、どうしてそんな事聞くの?」
「どうしてって、そりゃあ。明日、死ぬから。」
脳が言葉を受け付けない。
最初は嬉しかったし怖かった。初めて声を掛けられて返事をするのがひどく恐ろしくて。
けれども私の空白の時間を埋めてくれるような気もして。
そうして続けた会話は私の悶々としたものをより一層深めていった。
なのに、こんな事って無いだろう。ただ「幽霊」を見た好奇心で話しかけてくるのだと思ったのに。
それなのに。




「あ、明日死ぬ?何それ。何で死ぬのが分かるの?・・自殺でもする気?」
「冗談。自分で死のうなんて思わないよ、勿体無い。」
すんなりと私のした行動を否定された。
彼は私の死因を知っているわけではないから構わないけれど少し苛ついた。
「ならどうして死ぬのよ。」
「殺されるよ。」
「・・どうして、殺されるの?」




私の質問はおかしく無いと思った。
なのに彼は笑うのだ。まるでそんな事聞くなんて愚問だよ、と言われてるみたいに。
私は少し羞恥を覚えた。
「死刑囚なんだ。人、殺しちゃってさ。今、最期の自由を味あわせていただいております」
そうやって少し面白みを含んで丁重に答えた後の言葉に辺りを見る。
車は先ほどから一台も走っていない。
歩道橋の上も、歩道も、歩行者は居ない。
歩くべき場所に、人が居るべき場所に人が居ない。




「此処はあなたの為に用意された場所?」
「違う。この『空間』が僕のために用意された場所。そこに、君が居た。」
全身の力が足の爪先からズルズルと流れ落ちる。
力と共に涙まで流れ出した。死んでも泣けるのかと少し感心したが。
「どうして、泣くの?」
「私、あなたの最期の場所を汚したわ。あなたの最期の声を飲み込んでしまった。」
「あんたが此処に居たから、ちょっと嬉しかった。ストーリーが狂ったよ。」
「ストーリー?」
彼は脚本家が演者に台本を書き直されたのを怒るように怒らず、ずっと笑っていた。
私がエキストラで彼の話に踏み込んでしまったのに。








「僕のストーリーでは誰とも話さず誰とも触れ合わず寂しく死ぬ予定だったから。」








「案外、童顔なのね。」
何を言って良いのか分からず、そっと口を割った言葉は。
彼の顔を見て、死刑の話を聞いてから思っていた事。
「ありがとう、若作りなんだ。・・じゃあ最期の手直しだ。」
「・・どういう事?」
「僕は殺される予定だったからね。誰かに。やっぱり、自分に殺されてみようと思うよ。」




言葉を投げかける間もなく彼はフェンスを飛び越えた。一斉にビル街の間から人が走り寄る。
下を見受ければ彼の身体と四方に飛ぶ赤い染みが一際目立っていた。
結局、駆け寄りたくても、私は此処から動くことが出来ないままだった。
あなたが死んでしまったというのに悲しみすらこみ上げて来ないのは、きっと嬉しかったのだろう。
少しだけ、一人きりじゃなくなったような感覚に包まれたから。






















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