月の沈む町










私は、生まれつき片目が見えない。
そして、もうじきもう片方の目も見えなくなるだろう。
そして、私は、自分の生きてきた道を、よく知りはしない。
自分を産み、育てた親が、どこに居るのか、私は知らない。
今更、知りたいとも思わないはずなのに、
最期に見る景色は私の故郷がいいと、思ったんだ。
だから、私は記憶をたどる。
静まり返った私の村にあったのは、たった一人の、少年。

「ねぇ、君、どうして、こんなところにいるの?」
「・・・どうして・・・」
「此処の村の子供なの?」
「うん・・・」
「此処の人は、みんなもう、居なくなってしまったよ」
「・・・なぜ?」
「それは、わからないけど。もう、居ないよ。随分前に、この村は無くなった」
「・・・私は、置いてかれたんだ・・・」
「君は、目が見えないの?」
「なぜ?」
「歩くとき、少し気を遣ってるみたいだから」
「・・・片目だけよ・・・」
「そう、片目はまだ、見えるんだね?」
「見える」
「それじゃぁ、ついておいで。イイモノを見せてあげるから」

そう言って子供特有のとびきりの笑顔を私に向けて手を差し出して、
すぐ近くの山を登りはじめた。
そこは、ひどく草が覆い茂っていて、延々と続きそうな獣道だった。
私もまた、子供だった。
なぜだか私は見ず知らずの少年とはしゃぎまわって深い獣道を
駆け上っていた。

「ほらー!早く!あと、もう少し!頑張って!」
「・・・待ってよ・・・疲れた・・・」

頂上に着く頃には子供の若さがあるとはいえ、随分疲れきっていた。
息が切れて、汗だくになりながら、私の片目は少し遠くに見える光と、
その光を浴びて立っている少年の影を追っていた。
片目にしか映らないその影は眩しかった。
やっとの思いでその影までたどり着いた。
身体が悲鳴をあげるようにあちこちが痛かった。

「ははははははは」
「・・・何で爆笑・・・?」
「体力無いなと思って」
「そん・・・な、こと、ないよ・・・」
「ほら、見てごらん?」

疲れきって下げていた頭を上げると、
少年が遠くを指差して輝くような笑みを向けていた。
少年の指差す方に静かに目を向ける。

「真っ赤・・・」
「綺麗な、夕日だろ?燃えてるみたいだっ」
「・・・綺麗・・・」

しばらく二人は黙り込んで赤く燃えるように沈む夕日を見た。

「・・・朝日も、夕日も、同じようなものなのに、なぜわかるの?」
「え?・・ふっ・・・はははっ、おかしなことを聞くね」
「・・・私、おかしい?」
「学校で、習うだろ?西の空には夕日、東の空には朝日」
「学校へは行ってなかったから・・・」
「なるほどね。太陽は、東から昇って、西に沈むんだ」
「・・・東?・・・西?」
「東は向こうの方だよ。あっちが西」

少年は目をきらきらさせて指を指しながら丁寧に教えてくれた。

「太陽は、東から昇って、南を通って、西に沈む。だから、西にあるのが夕日」
「そうなの・・・きっと、そんなもの、常識なのね・・・」
「そうだけど、難しいことじゃない。時間を見ればどっちかなんてわかるさ」
「科学なんて日常にはいらないものね」
「もうじき、あの太陽が沈んで、真っ暗になるんだ。それと同時に、月が昇る」
「月・・・」
「月も、東から上って西へ行くんだ。月は大きいから、夜の闇なんて飲み込んでしまうよ」
「・・・じゃぁ、怖くないね・・・」
「目が、見えなくなっても、きっと、怖くなんか無いよ・・・」
「・・・。あなたに、何がわかるの?」
「君、見えなくなるのが怖いんだろ?」
「当たり前でしょ・・・」
「・・・でも、目が見えなくなったら、あたりが真っ白になるんだろ?真っ暗じゃないだけ、ましだろ?」
「・・・」
「綺麗な物ばかりを見ようとするから、見えないことが怖くなる・・・」
「綺麗な物ばかりじゃないことくらい、知ってる・・・」
「星は、綺麗だろ?幻の明かりだから綺麗なんだ」
「・・・幻?」
「もう何億年も前にぴかっと光った光なんだから、今は存在しないかもしれない光なんだよ」
「・・・存在しない・・・?」
「そこにあった証すら、いつか消える。怖がっても仕方ないだろ?いつか、消えるんだ」
「どうして、あなたはそんな悲しいことを言うの?」
「正論。には、聞こえない?」
「・・・淋しい人ね」
「西には、何があるか知ってる?月も、太陽も、西に急いで行こうとしてるみたいじゃない?」
「・・・西には、またきっと大きな町があるはずよ?」
「ははっ、そりゃそうだ。きっと、ここよりもっと随分いいところな気がするだろ?」
「・・・そうだね」
「ここは、人が住んでいないからひどく暗くなるんだ。その分、どこでも見れる人工的な光じゃなくて、幻の光が見える」
「・・・」
「織姫さまと彦星の話は知ってる?」
「七夕に天の川を渡るんでしょ?」
「そう。それはね、こと座のベガが織姫で、はくちょう座のデネブが彦星なんだよ。ほら、あれ」

彼は迷うことなくその星座を指差した。

「織姫はね、凄く働き者だったんだ。でも、彦星に恋してから、彼女は働くことを忘れ、遊んでばかりいた」
「・・・」
「彼女にとって、一番幸せなのは彦星の傍に居ることだったのに、彼女はある日、天帝に言われるんだ」
「なんて?」
「お前の天職とは、はたを織ることではなかったのか?お前がもう一度働くのなら、年に1度だけ、彦星に会うことを許そう」
「・・・ひどい・・・。年に1度しか会えないなんて」
「織姫は、彦星を愛してたから年に1度会える七夕の日を心の支えに必死に働くんだ」
「・・・」
「年に一度、織姫は彦星に会う。待ち望んだ恋焦がれた人に・・・」
「・・・」
「彼女は、一年会わずとも、この愛だけは忘れなかった。どんなに辛くても、頑張れたんだよ・・・」
「・・・素敵な、話・・・」
「愛する、人だったんだ。どんなに、会えなくても。大切で、忘れることなんて永久にないほどに」
「・・・可哀想・・・」
「泣いてるの?」

気付けば目には涙が溢れてた。
目は見えなくても、涙は枯れることを知らない。

「ずっと、この村に、居るの・・・?」
「いや。明日にはもうここを離れるんだ、俺も。ごめんね」
「・・・そう・・・」
「そう。俺も、此処にいつまでも居るつもりはないからね。西に行くんだ」
「西?随分大雑把な行き先・・・」
「太陽も月も見る、此処とは違う世界に行くんだ。此処はもう、おしまい」
「・・・」
「現実はさ、織姫や彦星みたいにはいかないから、君はすぐに僕を忘れてしまうかもしれないけど、また、いつか会おう」
「・・・絶対に、貴方を忘れない・・・最期に私の目に映った貴方を忘れない・・・約束するよ」
「絶対なんて、言うものじゃない。ずっと忘れてほしくないって願っても、忘れられてしまうんだから」
「・・・そんなこと、ない・・・」

淋しそうに彼は笑った。

「手が届きそう・・・」
「・・・」
「つかめそうなのに、届かないから、もどかしさなんて生まれるんだよね」
「・・・本当、だね」

山道を時間をかけて登ったおかげで
眠気が身体を襲う。
明日になれば、一人ぽっちになってしまうのに。
眠るよりも、月を捕まえなくてはいけないのに、私は眠ってしまった。
目を閉じても、きらきら光るたくさんの星が目に映っているようだった。
大きな月を捕まえて喜ぶ自分勝手な夢を見た。
少しだけ、心が幸せだった。
現実だったらよかったのに。

東の空から太陽が昇る。
捕まえたはずの月はあっさり逃げていった。
太陽が昇った頃には、少年も幻のごとく、消えていた。
捕まえた月に逃げられさえしなければ、もう少しだけ、
幸せでいられたはずなのに。
私の目は霞んで、少しずつ、視力を落としていった。

「さよなら」

と、土の上に書かれた粗末な字を最期に、全てが白く、塗りつぶされていった。
















BLUE PLANETの桜華サマから1000hit祝いに頂きました。
相変わらず素敵でゴザイマスねー・・。
桜華サマの小説は一文一文に惹かれますわぁ・・。
こんなヘボイサイトに小説なんぞ戴きありがとうございました!





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