堕ちてくるものを受け止めることは難しいのです。

それは不定期に、空を飛び立ち私の心に巣食う。まるで何かに縋りつくように。





雷火〜壱〜




生きる理由を失くしたのです。愛する人も、愛される人ももう居ません。これからの事を考える余裕も気力もありません。
このまま、此処で朽ち果てたいと思う気持ちで全て埋め尽くされてしまった、から。

走るのに疲れたら歩こうと思うでしょう。歩くのに疲れたら休もうと思うでしょう。
だから、生きるのに疲れてしまったのでもう、お休みします。


「・・・と思ったはずなのに何故お腹は空くのか」


 空気と共に消えていきそうなほどの小さな声で発した言葉はひどく自分に落胆していた。死のうと思い、家に手紙を置いて。そうして飛び出してきたというのに。1キロ歩いたか歩かないかのところで疲れて腰掛けた。のが間違いだった。
 椅子に座り辺りを眺めていれば残業上がりのオフィスレディだとか、飲み屋3軒ほど梯子してきましたと言わんばかりの酔っ払いようの親父共だとか、アルバイト帰りと思われるそこら辺にいるような大学生だとか。思い返せば深夜帯というほど深夜でもなく、定時帰りの社会人が帰りにちょっと一杯、なんて言って入った店から出てくるような時間なのだ。
 そんな時間に人間観察なぞしてしまったら、生きる気力も無いが死ぬ気も無くなる。それに加えて昼間から何も胃に物を通していない。水だけで1週間は生きられると言われる人間とて2食も抜けば空腹感で腹は満たされる。否、空腹なのだけど。

 此処にいても仕方が無いと思い重たい足を引きずり行く宛ても無く歩き始める。空腹感を満たすためと、死ぬ気を取り戻すために。

 よくよく考えれば自分はあまりにも酷い格好をしているのではないだろうか。と思った。風呂は、とりあえず昨日の晩に入っている。顔は今朝洗った記憶が無い、もちろん化粧などしているわけが無い。髪も寝そべりながら死ぬ事を思い立ったので梳かすこともしていない。服は一応着ているがそこら辺にあった白いワンピースだけだ。少々ばかし寒い。周りの女性を見ればこれからデートなのか帰宅するのかはわからないが皆綺麗に着飾っている。一応社会人なのだから?それ相応の格好はするだろうが。


「それにしても、私の格好は無いな。まぁこれから死ぬんだから・・良いか」


と、楽天的な方向に考え足を進めた。これから着替えるにしろ財布を持ってきていないから服を買うことも出来ないし、大概の店は閉まっている。家に帰って着替えてしまえば、もう家の外に出て行く気分になるか聊か不安だったからだ。
 無意識に人気の少ない所を選んだのは正解だと思った。だんだんと死ぬ気になってきたのだ。とりあえず先程の人間の情じみたものは消えた。正解だと、思ったのに。

「・・雨かよ」

 雲行きが怪しいとかはわからない。夜だから、ってのもあれば大都会の真ん中で空を気にしてる人間なんざそうは居ないからだ。というか、空を見上げても星など今まで見えたことが無いのだから。それが、当たり前だったから。
とうとう足も限界を迎え本気で歩く事を止めた。座れる場所なんて無かったから地べたにそのまま座り込んだ。雨に濡れて気持ち悪かったが致し方なかった。

「・・歩けば歩くほどに腹が減るな・・」

 独り言も大分出尽くした。声を発するのも疲れる。ただ蹲って、どう死ぬかを考えていたかった。他のものには何も触れずに。なのに、外から触れられてしまった。

「具合悪いの?」

 どうして。どうして声を掛けるのか。ほっといてくれれば良いのに。いや、普通の人間なら遠巻きに見て軽蔑にも似た声をあげるだけなのに。

「ぃぇ・・だ・・じょうぶ・・す」

 私が聞いても大丈夫そうには聞こえない声で言った。掠れて声が出ないのは不本意だった。ちゃんと、自分は平気だ、という事を相手に伝えたかったのに。多分私の頭は平気じゃないと思うけれど。

「・・パン、食べる?」
「え・・あ・」

 思ったことを上手く伝えられなかった。空腹で今にも貪りたいのだがこれから死ぬつもりでいる人間が腹に炭水化物に満ち満ちたものを入れても良いのだろうかという疑問が頭に過ぎり即答できなかった、代わりに胃が鳴った。どうして人間は理性で制御できないのだろうか。

「はは・・あ、此処じゃなんですから家に来ますか?」
「いえ、そんなご迷惑をかけるわけにもいかないので・・」

 雨が多少口に滑り込んできたせいで喉の渇きがなくなりやっと自分の意思を伝えられた。

「っていうか、此処既に僕の土地だから。家もすぐ其処だしね」
「・・は?」
「うーん・・不法侵入罪?それならいっそ家まで入っちゃえば?」

 目の前にいる青年は私と大して変わらない年齢だろう。明るみだとそれよりもっと低く見えるかもしれない。年上だとしても精々20代後半といった所だ。それなのに、この変哲も無い路地を自分の土地だと言う。その上私を勝手に土地に入り込んだ罪で訴える気なのか。こんな、公道とも見紛わない路地を歩いただけで。

「家の方が食べ物沢山あるしね」

 それは、鬱蒼とした雨の湿度を払い除けるほどとても爽やかな笑顔だった。


 案内された住居は今時分珍しい日本家屋。何十年、下手すりゃ何百年と此処に礎を築いてますと言わんばかりに古かった。けれどガタが来ているわけではなく厳かに其処にあった。

「あ、この家電気通ってないんだ。蝋燭持ってね」

 そうやって金属製の燭台に刺さった白い蝋。古びたマッチで焔を灯されゆらゆらと道を照らした。足下をそっと明らめながら。





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