雷火〜弐〜



「あれ、足怪我してるね・・その前に、裸足?」

 そう言えば靴も履かずに飛び出してきたことを今更になって思い出した。それまでは足全体の痛みに集中していたため、怪我の事など気にもならなかったのに、人に指摘されたり自分で気付いてしまうと怪我の痛みを覚えてしまう。結構な出血量だったのかもしれない。何処で怪我をしたかさえも覚えていない。いくら夏場だとはいえ夜中に裸足でアスファルトの上を駆け抜けてみろ。足が寒さで麻痺して殆ど感覚など残っていなかった。

「・・家を、飛び出してきたから」
「・・じゃあ、手当てもしなきゃね」

 私の事情を察してくれたのだろうか。それとも深く関わりたくないだけなのだろうか。否、関わりたくないというのなら最初から私なんかに声をかけたりしないだろう。と言うか、どうして彼は私に声を掛けたのだろう。

「ゴメンね、暗い部屋で。いつもは一人だからあまり気にならなくて」

 電気の通わない家とはここまで暗いのか、と改めて思わされる。それほどに暗いのだ。もうこれは暗いというよりも「闇」に近いのではないのだろうか。此処にあるだろう物さえ見えないのだ。彼の顔も、この揺らめく灯りが無ければわからないだろう。

「どうして電気が通っていないの?」

 疑問に思ったことを直接ぶつけてみた。が、その後すぐに後悔した。自分自身から関りを求めてどうするのだ。それは、彼にも意外だったらしい。

「・・初めてそっちから声を掛けてくれたね」
「え、あ・・ちょっと疑問に思いまして・・」
「ではお答えしなくては。この家ねー・・電化製品って何も無いんだ」
「は?」

 蝋燭を遠くのものが見えるよう色々な方向に翳した。とりあえず、蛍光灯並びに白熱灯などの灯りを与えてくれるものは無かった。他の電化製品等はわからないが電話、テレビ、エアコン・・大概の家にあると思わしきものは何一つ無かった。

「よく、生活していけますね・・」

 これはもう尊敬ものだ。

「んー・・食事はカマドとかあるし。風呂も自分で焚けば良いし、テレビとか見ないしね」

 台所のような場所を首を伸ばして除いてみれば田舎の祖母が使ってるんです的なカマドが見えた。初めて見たので少し感動した、が声に出さず首を戻した。

 「珍しいでしょう?・・あ、先に足の手当てするね」

 そう言って私を居間らしき部屋に入るよう促しそのまま座らせる。触り心地から畳だろう。そのまままどろんで仕舞いそうなほど気持ちが良かった。この家に入った時もそうだった。何かわからない不思議な感覚に包み込まれた。

「ねぇ、なんであそこに居たの?」
「・・歩き、疲れて」

 嘘では、無い。
 私の足の傷は思ったよりも深くぱっくりと抉れていた。よくもまあ気付かなかったものだ。それほどまでに一瞬紛れてしまったとは言え死に対する執着が私を動かしていたのだ。それを改めて知らされる。
 消毒液がじんわり、と染みた。彼に触れられてる所からゆるく温もりを感じてきた。巻かれる包帯はそれを私の体の中に押し込めてしまうように、きつく巻かれた。けれど痛みが感じるほどではなく。

「いかがでしょ」
「ありがとう・・」
「どーいたしまして」

 安心して、そう言いかける様に微笑みながら言った。

「歩きつかれた、ってさどこに向かって歩いていたの?」
「・・別に」
「僕には関係ない?一応、餓死しそうなところを助けてあげたんだけど」

 って恩を売る気は無いけど。と、後から付け足して言った。多分、純粋に気になっただけなのだろうが。人の純粋さはどうにも残酷で仕方が無い。話したくない事もは話さなければいけないような心境になる。仕方が無いので口を開いた。

「・・死にたくて。死にたくて歩いていたのよ」
「自殺志望ですか。難儀ですねぇ」

 あっさりとした返答に少々戸惑った。確かに他人事ではあるけれど聞きたくて聞いたのではないのだろうか。

「何が食べたいー?」
「へ、あ・・特に・・」

 いきなりの事で何も考える事無く答えてしまったことに少し恥ずかしさを覚えた。ボーっとしていたのは事実であり、彼に対して抱いていた疑問に思考を囚われていたのも否定できない。が、それでも自分は意識を飛ばして人の問いかけに答えられなくなるなんて事は無いと思っていたのだ。それなのに。

「じゃあ少し待ってて」

 そう言って台所へと入っていった。気になったのは明るさ。彼が立ち上がってからこの場所の明るさは変わっていない。つまり、だ。二本分の蝋燭の明るさがずっとこの場にあるのだ。彼は暗闇の中を明るさを何一つ所持しないまま進んでいったのだ。

「大丈夫なの・・?」

 不安になり問いかける。返答が少々遅くあったため不安がより高まる。

「ん、あ。大丈夫大丈夫。いつも真っ暗なままで作業してるから・・・まぁ、ちょっと血の味がするかも?」
「え・・!?」
「あはは・・嘘」

 おちょくられたのだろう・・少しムカついた。
 手当てをされているとはいえ一度痛みを覚えてしまった足はズキリと疼く。それはどうやら私の心情にも伴っているらしい。気分が良いときは痛みはあまり感じない。今回のように気分を損ねると痛みが足全体に響くのだ。

「足痛む?」
「そうでもない」

 痛むとはいえ耐えられない痛みではないし、なによりこの空間にいると気分が良いのだ。ふわり、宙に浮いているような。長いまどろみの中にいる様な。そんな気分に私は陥ってしまいそうになる。人の温かみに触れてしまうと自分の罪や咎を思い知らされてしまうから。罪の意識が堕ちてしまわぬようにと私を引きずり上げる。






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