雷火〜参〜



 私は知っている。私の罪は私にしか償えない事。けれど、私が一生どんなにもがいても償えない事。何をしても二度と元には戻れない事。私が死なない限り罪に苛まれたまま呼吸をしなければならない事。知らないのは、この罪の重さだけ。
「お待たせ、食べられそう?」

「・・頂きます」

 目の前に差し出された白い皿には米を柔らかく煮たようなものが入っていた。なんという代物なのかはわからない。お粥、のような気もするのだがちゃんと味が付いている。そして、美味しい。雨で冷え切っていた体は温かさを取り戻した。

「自殺願望の人が死ぬ前にお食事しても良いの?」


 それもそうだ。餓死なんていう手っ取り早い死に方があるのだ、が。そうそう空腹に耐えられる気がしない。結局何かにこじつけて食事をとってしまうのがオチだ。それなら最後に好きなものを沢山食べてそれから死んだ方がマシだ。けれど遺体を発見されて解剖でもされてしまったら私の胃からは消化途中の胃液に溶解された食料が発見されるのだろう。そうすれば死ぬ間際まで何処まで貪欲な人間なのかと思われかねない。最終的に適度な食事をとってから死に至ったほうが悔いも残らず死ねるだろう。という結果が脳内会議で出された。

「最期の晩餐、かな」

 最期の晩餐にしては少々食事が質素のような気もする。けれど今すぐ好きなものを問われたところでしばらく返答に困ったろうし、早い返答が出来てもこの場にその食事があるとは限らない。というか、苦しいほどに空腹だったので兎に角胃に何か物を詰め込みたかっただけなのだが。
 腹にずっしり重く溜まる食事ではなかったが十分に私の空腹感を満たしてくれた。もう、準備は整ったろうか。

「どうして自殺しようと思うの?」

 私が食い尽くして綺麗になった皿を片しながら問うた。その理由を伝えるには心が少し未熟な気がした。実際の所私の心は定まっていないから。明確な動機はある。ただそれが一体どういった物なのか、と問われれば私は何も答えられないのだ。抽象的なぼんやりとしたもの、それならわかる。けれど、それは私を死へと導き出す大きな衝動。

「私は罪人なの。大きな罪を背負っているの」

 それがどんな罪かは誰にも言えないけれど。

「罪人、ね・・・」

 含みのある物言いだった。ふと見上げれば先ほどとは打って変わった表情の彼がいた。今までは温厚そうな少年のようなヒトが目の前にいたのに。今は冷たい目をした少し、寂しそうな雰囲気のヒトが私の声に受け答える。彼は、誰なのだろう。

「一つ、言う。君の言う罪とやらは僕からすれば大した物ではない」

 声までもが違った。先ほどの彼はどこかへ消えてしまった。別の人間が彼の身体を借りているかのようだった。


「・・・私からすれば大罪だから。良いの、死なせて」
「君の死を止める気は無い。止めたところで僕に何のメリットが?」


 淡々とした口調で感情なんか持ち合わせていないと言わんばかりに言い放った。私は唖然とするばかりだった。何故目の前の人間が一瞬にして別人に摩り替わったのか、とか私はどうしてこのヒトと会話をしているのか、とかどうにも出来ない事ばかりが頭に浮かぶので私のほうも感情なく心に思ったままを口にしていた。

「なら、どうしてそんな事を?」
「どうしても何も。思ったことを口にしたまでさ」

 どうにも見下しているようにしか聞こえない言い方に段々苛立ちを覚えてきた。少なからず私は先刻まで目の前にいたヒトに助けられるまで死ぬ気で満ち溢れそして自ら死ぬ道を選ぼうとしていたのだ。私の過去の過ちを消すために。消える確証は無かったがそれに縋るしか方法は無いと考えていたからだ。それなのに。それなのに、だ。私の罪さえをも現在目の前にいるヒトは全て否定してくるのだ。怒らない方が難しいのではないだろうか。
 苛立ちが露になり口調が少々荒くなった。

「そう・・・私も一つ。私を助けた時点であなたにはデメリットよ。どうして助けたの?」

 そうだ。私を助けなければ、私に手を差し伸べなければこんな結果にはならなかった。私はそこら辺で餓死していたかもしれないし最期の力を振絞って川に飛び込むなり谷に飛び込むなり暴走トラックの目の前に飛び込むなりしていたかもしれない。なのに差し伸べられた手に、絶望の淵に垂らされた一本の糸に私は縋ってしまったのだ。それが間違いだったのかもしれない。

「・・・気分、かな。っていうかデメリット・・・か、それもそうだね。じゃあ、食事代と医療代分払ってから死んで?」
「はぁ?」

 何をいきなり言い出すのだ、コイツは。(多少乱暴な言い草だが私の脳内だ。気にしない事にする。)よりにもよって金を払え、だ?持ち合わせているわけが無いだろう。持っていたらお前に頼らなくても自分でパンの一つや二つ購入してるわ。

「そうしたら、メリットもデメリットも全部無くなるだろ?」
「わ、私はあなたにお金を払わなきゃならない上に死ぬ事が後回しになるじゃない」

 金を払うことは致し方が無い。認めたくはないが足を手当てしてもらった事と食事をご馳走になったのは事実だ。けれど、これから死のうとしているところを邪魔されるのは耐えられない。もうこれ以上誰にも邪魔をされたくない。これ以上、深く関わってしまったら。人に触れてしまったら。私はもう戻れない。死ぬ気になんてそうはなれない。このまま、ほっといてくれればよかったのに。

「と言うよりも、君のメリット云々は僕に関係ない。食費と治療費を払ってもらえれば良いんだ」
「あなた、本当にさっきと同じヒト?」

 どう見てももう別人にしか見えなくなってきた。私と彼の会話に第三者が入り込んできたような感覚だ。


「・・違うヒト。彼の身体を拝借している者です。以後ヨロシク」
「二重人格、ってコト?」

 冗談だろう?まさか、本当にそんな人間がこの世に存在するなどと思っていなかった。どちらかと言えば化学的な人間なので非科学的なことはあまり信用していなかった。幽霊だの、未確認飛行物体だのの類は。もちろん精神異常も。鬱病諸々はまだしも自分とは別の人格が、など有り得ない。そう思っていたものだからこうも簡単に目の前で飄々とヒトがヒトの中でコロコロ入れ替わられると信じざるを得なくなり少々歯痒い。

「ううん、ボクと彼を含めて4人・・かな」

 追い討ちをかけるように言った。

「で?どうしようか。お金取りに行ってくる?家まで。それとも」
「それとも?まだ選択肢があるワケ?」

 あるわけが無いだろう。空から金が降ってくるって言うなら話は別だが。そんなこと有り得ない。有り得ない?私の頭ではもう判断出来なかった。有り得ない、そう思っていたことが目の前で起きているのだから。今なら私の左肩に死んだ祖母の霊がとり付いているだとか、あなたの心が読めますとか言われても信じてしまう自信がある。

「僕の元で働く?」






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