癲狂ー名ー


 僕には名前が無い。生まれてすぐに母親と隔離された記憶がある。僕は自分が生まれた術を知らない。造られたものがどうやって生きてる人間から生まれるというのか。そして本当に。

『僕は人間から生まれたのか?』

けれど。「君にはちゃんと母親がいる」そうやって言われた事がある。あれは誰だったろうか。それが嘘だろうと虚無だろうと僕は母親が実在することを切に願った。僕は辛うじて人間で居られるような気がしたのだ。

 僕は名前が欲しかった。僕を見張るために居る者が名前で呼ばれていた。それが名前なのだと気付いたのはそれから後の事だった。「名前」というものに触れたことが無かったからだ。よくよく考えると其処等に在る物にだって名前があり、其れを呼んでいたのに当たり前すぎて気付かなかった。この世に名前が無い物は無いらしい。全てのものに名前がある。じゃあ僕は?

 僕は自分で自分に名前を付けた。其れ位自由だろうと思った。全てを奪われて此処に居るのだから。此処に入れられた時から本が与えられた。何もすることが無かったから、読書は最高の暇つぶし。けれど全て読み終えてしまった。新しく本が補充される訳でもなく同じ本を繰り返し読んだ。その本の1冊に酷く惹かれた。少年は自由を求めていた。終らぬ夜は無いと謳った。だから「終夜」と、付けた。
 其の日から僕は終夜になった。誰に呼ばれるわけでもないけれど。こんなにも嬉しいと感じたことは今まで無かった。初めて貰ったもの。僕自身から、僕自身へ。ありがとう、どういたしまして。いつか誰かに呼んで欲しいな。誰かに逢いたい、な。

 自分から自分に者をあげるなんてなんてあまり出来ないことだけど。僕は一人だから。孤独だから。名前を付けたせいで余計に感じる。僕だけが僕の名前を呼び、僕だけが返事をする。ねぇ誰か、名前を呼んで。ちゃんと返事をするから。そう強く願っても誰も叶えてくれない事ぐらい知っている。でも、満足なんだ。名前がある、願いがある。僕が持てた小さな財産。僕はとても“幸せ”です。
 けれど一人。だから怖くて、寂しくて。名前があれば此処に入れられてるのではなく、自分の意思で此処に居るような錯覚に酔い痴れる事が出来るから。こんな処自分の意思で入ろうなど思いもしないけれど。
 名前を持ってしまったこと、どうか許してね。誰かに咎められる覚えは無いけれど謝らなければならないような気がした。




此れが僕の名前です。どうぞ呼んでください。

永遠に叶わなくても。




NEXT----------→
←----------BACK






SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送